映画「希望の灯り」公式サイト » イントロダクション

「飲料担当」と「お菓子担当」、
訳ありの二人の淡い恋
旧東ドイツへの郷愁を秘める上司の切ない嘘
同僚たちとのゆるやかな絆
ベルリンの壁崩壊後、
置き去りにされた人達の哀しみ
スーパーマーケットの灯りが優しく包む
「G線上のアリア」が誘う 夜の時間
哀切な、忘れがたい、穏やかで幸せな物語

腕や首の後ろにタトゥーを入れた無口な青年クリスティアンは、巨大スーパーマーケットの在庫管理係として働き始める。旧東ドイツ、ライプツィヒ近郊。店の周囲には畑地が一面に広がり、遠くにアウトバーンを走る車が見える。仕事を教えてくれる中年男性ブルーノはクリスティアンを言葉少なに見守る。年上の魅力的な女性マリオンへの一途な思いは、恋の喜びと苦しみを教えてくれる。ここで働く者たちは、みな、素朴で、ちょっと風変わりで、心優しい。それぞれに心の痛みを抱えるからこそ、たがいに立ち入り過ぎない節度がある。それが、後半に起きる悲しい出来事の遠因になったのかもしれないが、彼らは喪失の悲しみを静かに受けとめ、つましく生きていくのだ。いま目の前にある小さな幸せに喜びを見出すことで日々の生活にそっと灯りをともす。そんな彼らの生きる姿勢が、深い共感と感動を呼びおこし、静かな波のざわめきのように深い余韻を残す。

閉店後、照明を落とした店内をフォークリフトがワルツを踊るように通路を行き交う、その優美さ。小さな誕生日ケーキの愛らしさ。水槽に詰め込まれた魚たちの悲哀。冷凍倉庫での愛情表現。ほのかな光に照らされた広大な田園風景と空の、はっとするほどの美しさ。誰も自分の悲しみを言葉にはしないが、クリスティアンが抱えているらしい心の傷やマリオンの苦しみ、東ドイツ時代を懐かしむブルーノの言葉は、ぐっと胸に迫る。

トーマス・ステューバー監督は、1981年、旧東ドイツのライプツィヒ生まれ。本作は、クレメンス・マイヤー(1977年、旧東ドイツ・ハレ生まれ)の短編小説「通路にて」を映画化したものだ。2人は、マイヤーの短編「犬と馬のこと」をステューバーが2012年に中編作品に映画化して以来タッグを組み、ステューバーの初長編映画『ヘビー級の心』(15/Netflixにて配信)では共同で脚本を執筆。本作も2人の共同脚本作であり、マイヤーはマリオンの夫役で出演もはたしている。

ベルリンの壁崩壊に続く1990年のドイツ再統一によって、旧東ドイツ人のなかには不遇をかこつ人々もいた。社会の片隅で助けあう人々の日常を静かに描き出す本作は、人と人との距離感という意味でも、フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ作品に通じるものがある。「美しく青きドナウ」や「G線上のアリア」などクラシックの名曲の効果的な使い方や、カナダのゴシックフォーク・グループ、ティンバー・ティンバーの「Moments」をエンディング曲に選ぶなど、音楽センスも抜群だ。

*「通路にて」「犬と馬のこと」は新潮クレスト・ブックス『夜と灯りと』所収<品切>

主人公のクリスティアンを演じるのは、フランツ・ロゴフスキ。ミヒャエル・ハネケ監督作品『ハッピーエンド』(17年)でイザベル・ユペールのうだつの上がらない息子を演じた、注目のドイツ人男優だ。ホアキン・フェニックスに似た翳りのある風貌で、内面にさまざまな葛藤を抱える寡黙な青年を好演し、本作で第68回ドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞。

彼が一目惚れする年上の女性マリオンを演じるザンドラ・ヒュラーは、『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)で仕事中毒の女性を演じて数多くの主演女優賞を獲得した、ドイツを代表する女優のひとり。クリスティアンに心惹かれながらも自分からは踏み出せないマリオンの心の揺れをチャーミングに演じている。

クリスティアンの上司ブルーノ役のペーター・クルトは、『グッバイ、レーニン!』(03)や『僕とカミンスキーの旅』(15)などに端役出演した中堅男優で、ステューバー監督の初長編映画『ヘビー級の心』では主演を務めた。かつての楽しかった時代を語るブルーノの姿は強い印象を残す。ちなみに、ザンドラ・ヒュラーとペーター・クルトもまた、旧東ドイツ生まれである。